コラム|定量化の教え 人と組織を進化|株式会社ユニゾン・UNISON

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定量化の教え

「目標は定量化(数値化)しなければならない」
私たちは、このような教えを「定量教」と呼んでいる。

定量教に入信すると誠に都合の良いことがある。目標の共有や管理、評価はたやすく、公平性が担保される(ように見える)。また、確実に達成感を得られやすいのは、定性的な(数値で表現できない)目標より定量的な目標であると言えよう。

けれども私たちは、頑なにこの教えを信奉することには反対の立場である。
最大の理由は、世の中には目標を定量化することができない仕事もたくさんあり、そのような仕事の目標を定量化しようとすると「手段の目的化」が進んでしまう傾向があるからだ。

手段の目的化について例を挙げるなら、人の育成目標がわかりやすい。
本来、人の育成目標は「いつから・いつまでに」「誰の・何を」「どんなレベルにまで」「誰の責任で育てるか」が明確になっていなければ機能するまい。

ところが、頑な定量教信者はこの目標では満足できない。目標値(どんなレベルにまで)が定性的だからだ。かくして、彼らは目標値を定量化しようとして、例えば、“育成するために”この研修とあの研修をそれぞれ何日間ずつ受講させるというような目標を立てそれを育成目標と称したり、“育成するために”この仕事をさせる、その仕事自体の目標を育成目標と称したりする。いずれも定量的な目標にはなるだろうが、(言うまでもなく)これらは手段の目標である。人の育成目標に限らず、目標を定量化しようとして手段が目的化してしまう傾向は、定量的な目標値が設定しづらい、あるいは設定できない間接部門の仕事にも散見される。

「目標には定性的なものもある」
私たちは、このことを強調したい。定性的な目標は共有や管理、評価が難しい。また公平性を納得してもらうことも難儀であろう。だが、これらはマネジャーがなすべき重要な仕事なのである。

皆さんは、自らの仕事を楽にしたいといった安易な理由で定量教に入信していないだろうか?
定量教を信奉するマネジャー諸氏には、是非、考えてもらいたい。

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